内閣などを勉強しました

勉強をしました。田中内閣は日本人居留民保護を名目として山東出兵を行い、さらに満州軍閥の張作霖を支援してそれまでの満州における権益をまもろうとしました。しかし、張作霖が国民革命軍に敗北すると日本が大陸においた陸軍の出先機関である関東軍の一部は、満州を直接支配する動きをおこそうとして張作霖の乗った列車を奉天郊外で爆破しました。当時、この事件の真相は国民には知らされず満州某重大事件とよばれました。田中首相は、この問題の処理をめぐって昭和天皇の不信をかい、退陣しました。田中内閣にかわって成立した立憲民政党の浜口雄幸内閣は2つの問題をかかえていました。第1は経済の再建です。第一次世界大戦中に、各国は自国の経済をまもろうとして正貨である金の輸出を禁止しましたが大戦後は貿易促進のため、相次いで金の輸出禁止を解除していきました。しかし、日本は1920年代をとおして不況とインフレが続いたため、それができませんでした。浜口内閣は財政緊縮によって物価の引下げ、産業合理化を促進して企業の国際競争力を強めようとしました。子供専用のカイテキオリゴ